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終わりにできること、終わりにできないこと・・・
2009/08/08(Sat)
今日の記事は、きっとよく分からない、とりとめのない話になりそうに思います。
それに、覚えていないことや勘違いしている部分があるかもしれません。

先日テレビを見ていると、ある方がインタビューに答えておられました。
仮に、Aさんとしておきましょう。
Aさんは、1944年のレイテ沖海戦で沈没した巨大戦艦「武蔵」に乗船しておられた海兵さんでした。
武蔵が沈没した後、Aさんはケガをしたまま海に投げ出されました。
しばらく波間を漂っていると、そんなAさんの目の前にドラム缶が流れてきたそうです。
そのドラム缶に何とかして必死でしがみつこうとしたAさん・・・
ところがそのとき、誰かが後ろからAさんに覆いかぶさりました。
Aさんと同じく、ケガをして海に投げ出され、溺れかけた日本兵でした。

しがみつかれて、その人ともに海中に沈みそうになるAさん・・・
それで・・・
Aさんは、しがみついてくるその人を後ろに押しやると・・・
その人はひとりで海中に沈んでいきました・・・

仕方がなかったのだと思います。
誰だって、自分の命は守ろうとするのですから。
でも、インタビューに答えながら、Aさんは泣いておられました。

戦争が終わって、64年・・・
けれど・・・
一生消えない心のキズを負ったAさんに、「終戦」なんていうものはなかったでしょう。
その日から今まで、おそらく一日たりとも、
海中に消えていった戦友のことを忘れた日はなかったでしょう。

大切なものを守るための手段が、「武力の行使」以外には考えられない・・・
そういう状況もありえるのかもしれません。
「大切なものを守るために、戦いに身を投じている自分を誇りに思う」
そう感じている人たちもたくさんおられるでしょう。
「聖戦」という言葉が示すように、そういう人たちにとっては、
「戦うこと = 正義」 なのでしょうね。
それに、決して侵略のためではなく、
誰かのために、そして何かのために、
実際に血を流し戦っている人たちに対して、
「その行為は全面的に間違いです」
とは言えない気もします。

けれど、戦争というものは、いろんな性質をもち、いろんな側面をもっています。
たとえそれが本当に「聖戦」であったとしても、
多くの人たちが傷つき命を落とし、様々なものが壊れてゆく・・・
それだけは、誰も否定できない、確かな「戦争の真実」なのです。
それに、
Aさんのように、一生消えないキズを負うことになる人たちもたくさん出てくるのです。

いろいろと論議の的になる「憲法9条」・・・
けれど、外国の人たちから、
「他国も、日本を見習い、日本に足並みを合わせることが大事だ」
という意見も聞かれます。

人類がこの世に生まれてから、戦いのなかった時代はない・・・
以前にこういう言葉を聞いた記憶があります。
いくら科学や技術が進歩、発展しても、
それを使う人類が戦うことを止められないようでは、
本当の意味での進歩・発展とは呼べない気がします。


以上、とりとめのない話でした m(_ _)m



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コメント
- 課題 -
難しい話題ですね。
Nさんの文章を読んで思ったことは・・・

・戦争を始める人間(or 戦争を始めると決めた人間)とNさんの見たテレビのAさんには、とても大きな差がある。
・Aさんの心の傷と同じ種類の傷を、戦争を始めた人間が負うとは思えない。
・戦争を始めるのは、ごく少数の個人のエゴが引き金になるのではないか。
・その「ごく少数の個人」以外の人間が、「戦争」という最終手段以外のオプションを選べば、戦争にならないことも、大いにありうるのではないか。
ということでした。

絶対に戦争はすべきではない。強くそう思います。

前回に引き続き、だらだらした文章になりましてございます。
2009/08/08 18:35  | URL | 虹の父 #SFo5/nok[ 編集] ▲ top
- 虹の父さん、ありがとうございます -
こんばんは (^_^)
僕も、虹の父さんが言う通りだと思いますでございます (*^_^*)
戦争の多くは、それを始めたいと願うごくわずかな人間によってひき起こされ、実際にキズを負ったり命を落としたりするのは、まったく別の人間なんでしょうね。
たとえ何があっても、戦争以外のオプションを選べるだけの理性を、人々には決して忘れてほしくないものだと思います。
2009/08/08 20:27  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
-  -
難しいですね。
いけないと分かっていても、簡単になくせるものではなくて、すごく傷ついている方がいる一方で、戦争を「成果」だと豪語する人もいます。
私は、戦争を知りません。自分が生きるために、一生残る心の傷を背負うAさんのお気持ちが、どんなに想像しても多分、分かっていません。
戦争を始める側の人たちはきっと、会議室みたいなところで報告を受けるだけなんでしょうね。
その人たちも多分、Aさんのような方々のお気持ちを分かっていないのでしょうね。
たとえば、自分の大切な人が命の危機にさらされるとしたら、
たとえば、必死でもがくようにしないと生き延びることができなくなるとしたら、
たとえば、自分のその手で、誰かの命を奪わなければならないとしたら、
それでもあなたは戦争を始められるのかと、一度聞いてみたい気がします。

ごめんなさい、長くなりました(^^;)
2009/08/08 21:49  | URL | Aki #EVEuRZgM[ 編集] ▲ top
- Akiさん、ありがとうございます -
僕も戦争を知らないし、Aさんの気持ちも本当に理解できているかと言われると、とても自信はありません。
戦争を始める側の人間たちは、
「たとえ何があっても自分は死んだり傷ついたりしない」「自分の手を汚すことなんてしなくていい」
そう確信できるからこそ、戦争を始められるのでしょうね。
つまりは、戦争でキズつく側の立場には、絶対に立てないし立つ気もない人間たちなんだと思います。
そんな人間たちがいなくなることを、そして何があっても戦争に対して「NO!!」と言える人たちがもっともっと増えることを、ただただ祈りたいと思います。

PS.長いコメントになっただなんて、気にしないでくださいね。長いコメント、大歓迎です (*^_^*)
2009/08/08 22:16  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
-  -
こんばんは。
とても難しい問題ですよね。人間が人間を完全に信頼することができるような世界にならないかぎり、解決しない問題なのかなと思います。そこには、政治的、経済的な問題や過去の遺恨があったりもしますし…。今は、それぞれが疑心暗鬼になって、他国や他宗教、他民族の人間を完全には信頼できない状態なんですよね…。先進国の間でさえ、お互いに完全には信頼できていない今の状況は、本当に悲しくなってしまいます。

少し話が逸れてしまいますが、テレビを見ていて、いつも思うことがあります。それは「日本人はインタビューを受けて応えるときに、なぜいつも笑顔なのだろう」ということです。本来なら、怒りを顕にすべきようなときでさえもです。僕は、ときに感情的になることは、決して悪いことではないと思うのです。特に相手に強く伝えたいときは…。もちろん、感情的に戦争を始める、などということがあってはなりませんが。

科学や技術の進歩の背景には、常に「利益(金儲け)」がつきまといますが、「いくら科学や技術が進歩、発展しても、それを使う人類が戦うことを止められないようでは、本当の意味での進歩・発展とは呼べない気がします」というNさんの言葉が、今強く心に残っています。僕らは、未来がどんな事態になっても、平和を追求する努力を止めてはいけないんですよね。
久しぶりに真剣に考えさせられました。ありがとうございました。
2009/08/09 01:40  | URL | shun #-[ 編集] ▲ top
- shunさん、ありがとうございます -
shunさん、こんにちは (^_^)
こちらこそ、丁寧なコメント、ありがとうございました。

こういうのって、本当に難しい問題ですよね。
仰るように、平和で友好的な関係を保つためには、互いの揺るぎない信頼が必要不可欠なのでしょうが、悲しいかな、それはなかなか容易には望めそうにありませんね。

日本人はインタビューに応えるとき、たしかにあまり感情を出さない人が多いですね。僕もshunさんと同じく、時と場合によっては、自分の素直な感情をもっと出してもいい、というか、出すことによってもっと力強く訴えかけることができるのではないか、と思うことがあります。

「平和を追求する努力」・・・ほんと、人類に突きつけられた永遠の課題ですね。生きている限り、一人ひとりが常に真剣に向き合っていかねばならないことなのでしょうね。
2009/08/09 13:59  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
-  -
何度もコメントを書き直して・・・
Nさんの記事も何度も読み直させていただいています。
なんだか、うまく表現できず・・・難しいなぁ・・・
子供の頃、読書感想文や作文を戦争反対のテーマで書いたことが何度もあります。
今でも『広島のピカ』を読んだときの衝撃
『ビルマの竪琴』を読んだときの、なんともいえぬ悲しみ。
もう一度、これらの本を読んでみたくなりました。
あの頃、わからなかったことがわかるようになっているのか?
それともあの頃、感じられたことを感じられなくなってしまっているのか?
私もとりとめのないコメントになってしまいました!
すみません。
2009/08/11 06:58  | URL | sari #ccNGWMCQ[ 編集] ▲ top
- お久しぶりです。 -
私の母は 今年で84歳です。
もちろん 戦争経験者です。私は母から戦争の話を小さい頃から聞かされてきました。いつも 空からアメリカ兵の飛行機が飛んでいて 物陰に隠れ怯えていたそうです。今でもたまに 上空を自衛隊のヘリが飛んでいると ビクッ!とした表情をします。何十年経っても
戦争の恐ろしさを忘れることは無いんだと思いました。
2009/08/11 14:25  | URL | 比呂 #sOqsgCiY[ 編集] ▲ top
- sariさん、ありがとうございます -
何度もコメントを書き直していただいて、すいません。
そして、ありがとうございます m(_ _)m
うまく表現できない・・・僕にも、よくわかります。
なかなか、自分の思いを自分で納得できるように表現できないです。
「あの頃、わからなかったことがわかるようになっているのか? それともあの頃、感じられたことを感じられなくなってしまっているのか?」
それは、両方あるのでしょうね、きっと。
人間は時とともに必ず変化していくものですから・・・。
でも、sariさんも僕自身も、きっと良いように変化している・・・そう信じたいと思います。
そして、二度とあの頃の悲劇を繰り返さないですむように、みんな変わっていかないといけない・・・そう思います。


2009/08/11 19:53  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
- 比呂さん、ありがとうございます -
僕の父も母も、戦争を経験しています。
ふたりとも、戦争で家を焼かれ、今住んでいる場所へ移ってきました。
集団疎開、食糧の不足、空襲、家族の死・・・僕たちが経験したことのないような悲しいことや恐ろしいことを、いろいろと味わった人生なんだろうなあと思います。
そして、おっしゃるように、そういった思いは、容易には消せるものではないのでしょうね。
その分、今をできるだけ楽しく、そして末長く生きてほしいなあと思います。
2009/08/11 20:05  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
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