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「地域猫」から見えてくるもの
2009/01/21(Wed)
僕は、ペットとして飼った経験はないのですが、昔から犬や猫が大好きです。
この前、あるテレビで「地域猫」に関する番組をしていて、それを見る機会がありました。
僕は、この「地域猫」という言葉を聞くこと自体が初めてだったのですが、「特定の飼い主がなく、その地域の住民たちによって管理されている猫」だそうです。
つまり、給餌はもちろんですが、ねぐらの設置や糞尿の処理、地域の清掃、交尾によってその個体数が増えすぎるのを防ぐための去勢手術、他の住民からの苦情処理などをおこない、猫たちがその地域に受け入れられるようにするための活動をしておられる方々がおられるということです。
もちろん行政側も介入しているようですが、ボランティアの方たちの厚意によって成り立っているのが現状のようです。

でも、世の中すべて猫好きの人間ばかりではありません。当然、「猫は嫌い!!」という方もたくさんおられますよね。猫は好きだけどアレルギーがあって・・・という方もおられるでしょうし、また、べつに嫌いじゃないけど庭に糞をされるので困っている・・・なんて方もおられるはずです。

こういうことを書いてると、いつも何が正しいのかよくわからなくなってきてしまうんですが、でも、そういった「猫を受け入れがたい方々」を非難するためにこれを書いているのではないことだけはわかってください。それに、猫の被害に実際に遭ったことのない僕に、こんなことを言う資格があるのかどうかもよくわかりませんが・・・。

猫は、その個体の大きさもその数も、また環境に与える影響も、人間と比べればはるかに小さいものです。なのに、「ここは自分たちだけのテリトリーだ」と主張するがごとき人間の活動によって、その生存がおびやかされているのです。
これって、普通に考えれば、人間のエゴですよね。
『「ヒト」という存在』でも書きましたが、やっぱり今の世の中、あまりにも人間だけを中心にした考え方に偏りすぎているように思えます。
一説によりと、生物絶滅のスピードは加速度的に増していて、最近では1年間に約4万種が地球上から消えているそうで、このままの計算でいくと、25~30年後には全生物のうちの4分の1がいなくなるかもしれないという話です。そして、そういった事態を生み出すいちばんの大きな原因となっているのは、我々「ヒト」の存在です。

しかし、ほとんどの「ヒト」には思いやりの心があります。他の生命を尊重する気持ちもあります。そして何より、他の生物とは比較にならないほどの優れた知性があります。それは、他の生物を迫害し、絶滅に追いやるために与えられたものでは決してないはずです。
そういった知性を与えられた「ヒト」に対して、猫はもっと弱い存在であると言えるでしょう。その猫と上手に暮らしていく術をこの先もてないままで終わってしまったら、なんかものすごく情けない話だなあと思うのです。
世界中には、周りの動物たちと上手につき合いながら暮らしている人たちはたくさんいます。謙虚になってそういうところからその術を学んだならば、この日本でも猫ともっと仲良く暮らしていけるんじゃないかなと思います。

なんか話が逸れて大きくなってしまいましたが・・・。
でも、他の生物との「共存共栄」ということをここらでもっと真剣に考えないと、ほんとうに取り返しのつかないことになりそうでこわいなあと思うのです。



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コメント
- No title -
私は幼少の頃から親が会社を営んでいたために祖母とお手伝いの人と暮らしていました。
決して裕福ではありませんが親の都合で兄と妹との3兄弟、ペットで癒して、という思いもあったでしょう。
事実、私達兄弟は未だに犬も猫も大好き。
シェットランドシープが私にとっては最期の犬でした。
その後実家を出て一人暮らしだから当然ペットはなし。
今の同居人と暮らしてからはいろいろと紆余曲折もありましたが、とうとう猫を飼うことを認めてもらいました。
同居人はひたすら淡水魚の、しかも巨大なものばかりを飼育していましたがわけあって友人にすべて引き取ってもらった後のことです。

長文でごめんなさい。
あれこれ探して、あるブリーダーからロシアンブルーを買い受けました。
仕事を終えて空港へ引き取りにいったときの嬉しさは・・・
同居人といえば魚と犬は大好きなのに猫は嫌いでした。
でも新しい同居猫の愛らしさにはまいったようです。
それからロシアンブルーとの楽しい日々が続きましたが同居人が病気になって入院生活。
どうしても飼いきれなくなり実家にいる兄貴に飼育をお願いしました。
そのロシアンブルー、まだまだ寿命があるはずなのに今年、というか去年の暮れから姿が見えなくなったそう。
猫の森に帰ったのね。
残念だけれどしょうがない。

私は犬も猫も大好き。
でも鯨も食べるし今流行のジビエにも興味あります。
食べるものはありがたくいただく。
愛玩として飼うなら最期まで面倒みたい、そんなスタンスです。
2009/01/21 23:54  | URL | nana #-[ 編集] ▲ top
- ありがとうございます -
nanaさん、コメントありがとうございます。
みんなnanaさんのような考え方であれば、こんな問題ももっと小さい規模ですんだんだろうなあと思いました。
地域猫になっているのは、おそらくほとんどが飼い主から捨てられた猫たちでしょう。(もちろん中にはどうしようもない事情で泣く泣くペットを捨てるしかない方もおられるのでしょうが)。そして、地域猫の制度が確立された地区に、さらにまた次々と猫たちが捨てられている、と聞きました。
でもみんな最初から捨てることを前提に飼い始めたわけではないと思うんですよね。なのに、いったいどういう心境の変化でペットをすててしまうのでしょうか・・・。たしかに人間ではありませんが、飼っているうちに「ペットも家族の一員だ」と、ふつうはそういう思いになるんじゃないかなあ。それがなぜ・・・。やっぱり命というものに対する考えも弱者に対する思いやりも足りないと思わざるをえません。
もちろん僕も肉を食べます。また、食べるためとはいえ、釣りをすることで魚の命を奪っています。でも、命の尊さというか、他の命の上に自分の命も成り立っているということは忘れたくないと思うのです。
2009/01/22 15:24  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
- あくまで 私見ですが -
地域猫の存在については私もよく考えます 是か非か これは人によって大きく意見が変わるものですから 此処については書きませんが 捨て猫を作ったのは人間=>ご飯をあげないと=>ご飯を食べた猫が赤ちゃんを産んで=>またノラ猫が増える この悪循環を避けるには去勢手術が有効でしょうがお金がかかりますね 私も昔ノラ猫にご飯をあげるのがいいことだと思ってましたが 今はわかりません わからないのですが 思うんです 世の中にご飯を上げる人いてもいいんじゃないかって これは厳密にいえば正しくないかもしれません でもわからなければどちらかと言うと今生きているノラ猫さん側に就きたいなって思いはあります 何にしろ むつかしいです  
2009/01/23 01:04  | URL | たまお #-[ 編集] ▲ top
- たしかに難しい問題ですね -
たまおさん、いつもありがとうございます。
去勢手術に関しては、行政側がその費用を負担するようになったところもあるようですが、それが全国でどれぐらいの割合なのかわかりません。また、それを差し引いてもきっとボランティアの方たちが自己負担されてる部分はまだまだ大きいでしょうね。
僕も正直、何が正しいのかわかりません。でも、子どもたちって、きっと目の前に飢えた猫がいればご飯をあげますよね。その行為を見て、「何も考えずに愚かなことをしている」なんて批判することは、やっぱりどこかまちがってるような気がするんです。
猫によって被害を受けている人たちの気持ちを無視するわけにはいかない。でも、人間と同じように猫にも命も気持ちもあります。それもやっぱり無視したくないですね。猫側に人間社会を変えられるような力がない以上、やっぱり人間側が猫との共存共栄を考えるのがスジじゃないかなあと思うんですよね。
2009/01/23 11:17  | URL | N #4.PzH.q.[ 編集] ▲ top
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14年前の1月17日、阪神淡路大震災が起こりました。 我が家に関して言えば、幸いなことに食器棚から皿やらコップやらが飛び出してそれら... …
2009/01/21 11:34  N☆HEART
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